大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和29年(オ)32号 判決

神戸市兵庫区氷室町一丁目九六番地の四 原国助方

上告人

小栗武之丞

同市生田区北野町一丁目一一五番地の二

上告人

五影堂政二

同所同番地

上告人

明石敏雄

右三名訴訟代理人弁護士

瓜谷篤治

西宮市高木字高松七六番地の二

被上告人

三宅久子

右訴訟代理人弁護士

原田鹿太郎

右当事者間の家屋明渡請求事件について、大阪高等裁判所が昭和二八年九月一一日言い渡した判決に対し、上告人小栗から一部、その余の上告人等から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告代理人瓜谷篤治の上告理由について。

「上告人五影堂政二、明石敏雄上告理由」第一点は、憲法一二条、二二条、二五条違反を主張する。しかし、所論の前提とする上告人等が戦災者であること、今日にいたるも他に転居する資力がないこと及び本件明渡請求が本件家屋を有利に売却する目的に出たものであること等の事実は、すべて原審において主張されず従つて原審の認定していないところであるから、右違憲の主張は、その前提を欠くものといわなければならない。

「上告人小栗武之丞上告理由」第一点は、要するに、(一)原判決は上告人に明渡義務あることを判示するのみで、何故損害賠償の義務ありやにつき理由を付していない。(二)上告人の明渡義務履行期において、右義務の履行は転借人及び転々借人の居住という上告人の責に帰すべからざる事由によつて不能であつたのに、上告人に債務不履行の責を負わせた原判決は失当である。(三)上告人は転貸料を取得していないに拘らず、上告人の交渉に応じないで本件家屋を占拠する転々借人等(相上告人等)の明渡完了まで損害金の支払を命じた原判決は正義公平に反する。(四)仮りに、上告人に債務不履行の責ありとするも、転々貸は特別の事情に属するから、これを予見し又は予見し得べかりしことを確定せずして転々貸によつて生じた損害を上告人に負担せしめた原判決は、失当であるというに帰する。

しかし、原判決は、その理由冒頭において本件家屋が賃借人たる上告人小栗武之丞から上告人百束美雄に転貸され、更に同人から上告人五影堂政二及び明石敏雄に転々貸され、現に右五影堂、明石においてそれぞれその一部を、百束においてその残部を占有しつつあることは当事者間に争がない旨判示しているのであつて、このことは、その後に判示されている上告人小栗に本件家屋明渡義務がある旨の判断と相まつて、右明渡義務不履行の事実を認定したものと解するに難くない。そして右不履行が上告人小栗の責に帰すべからざる事由に基いたものであることについては同上告人において主張立証すべき責任があるに拘らず、原審ではその主張立証がないのであるから、原判決が上告人小栗に明渡義務あること並びに右義務が未だ履行されていないことを判示したのみで同上告人に所論の賠償を命じたのは当然で、右所論(一)は採用できない。

次に、原判決の確定したところによれば、本件転貸借、転々貸借は、いずれも被上告人の承諾を欠く不適法のものであるというのであつて、上告人には、すでに無断転貸の点において債務不履行があるのであるから、当然転借人及び転々借人の(過失の有無を問わず)明渡遅延の責任を負うものと解しなければならない。右所論(二)、(三)は、いずれもこれと異なる見解に立脚して原審の正当な判断を論難するものであつて採用の限りでない。

更に、賃借人が家屋明渡の義務を履行しないことに因つて生ずる賃料相当の損害は、いわゆる通常生ずべき損害であつて、賃借人の右義務不履行が転借人において予期に反して転々貸をしたことに基ずいて生じたとしても、これがため右損害の性質に消長を来たすものではない。従つて、右所論(四)も理由がない。

「上告人小栗武之丞上告理由」第二点は、原判決には、争ある事実に対し判断をしない違法があるとする。しかし、所論の時期までの賃料又は損害金について弁済のあつたという事実は、上告人において主張立証すべき事項であるところ、上告人がかかる主張をした事跡は全くないから、原審が右弁済の有無につき判断をしなかつたのはむしろ当然で、原判決には所論の如き違法はない。

「上告人小栗武之丞上告理由」第三点は、原判決主文第五項中昭和二六年一〇月一日以降同二七年三月三一日まで及び同年一二月一日以降本件建物明渡済に至るまでの各損害金は、昭和二六年物価庁告示一八〇号及び昭和二七年建設省告示の規定による加算又は減額をして算出したものでなく、家賃停止統制額とはいえないにも拘らずこれを以て算数上明白としたのは理由に齟齬があるものとする。なるほど原判決がこれらの規定による加算又は減額をしていないことは所論のとおりであるが、それは、右規定を看過したためではなく、記録によつても窺われるとおり、かかる加算、減額の前提たる要件、すなわち、右各告示に定められた特段の事実が全く主張も立証もされていなかつたために外ならないのである。

論旨中、加算をしなかつたことの違法を主張する部分は、自らに不利益な判断を求めるものであるから上告適法の理由とならず、減額をしなかつたことの違法を主張する部分は、前提要件の主張を欠いているから採用に値しない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判長裁判官栗山茂および裁判官谷村唯一郎はいずれも退官したので署名押印できない。裁判官 小谷勝重)

昭和二九年(オ)第三二号

上告人 小栗武之丞

外二人

被上告人 三宅久子

上告代理人弁護士瓜谷篤治の上告理由

上告人五影堂政二、明石敏雄上告理由第一点

原判決は右上告人等の再転貸借が違法でないという主張を排斥して右上告人等に対する明渡請求を認容したが此は明に憲法第二十二条、第二十五条及第十二条に反するものであつて破棄せらるべきである。

右上告人等が本件家屋へ入居するに至つた事情は終戦後の住宅払底の折柄戦災者である同人等が相上告人百束美雄の承諾を得た結果であることは、原審に於ける弁論の全趣旨に徴し明な処であつて、右上告人等は其の後も他に家屋を購い或は住宅も建築し或は多額の権利金を払つて他の家屋を借り受くる資力なきまゝ現在に至つているものである。然るに被上告人が明渡を要求する根本理由は本件家屋の売却に在る事も原審に於ける被上告人申請援用の各証人の証言によつて明である。今日住宅払底は周知の事実であつて戦災者である右上告人等が本件家屋に居住して其の資力を以つて他に転居する事不可能であるにも拘らず此を形式的な無断転貸借の事を以つて明渡を求めることは、憲法が保障する居住の自由並に最低の文化的生活を奪はんとするものであり、而もその明渡を求むる被上告人の権利の源泉は所有権であるけれども真実此を家屋として使用収益するというのなら兎も角、他に転売して高価な利得をしようといふのであるから斯る目的の下に所有権の行使として明渡を求める事は右上告人等のこうむるべき損害に比較して許されざるものであつて憲法第十二条が権利の濫用を禁止し公共の福祉の為に其の行使を命じている趣旨に反するものである。

従つて右上告人等に対し家屋明渡を命じた原判決は憲法の大原則に反するものとして破棄せらるべきである。

上告人小栗武之丞上告理由第一点

原判決は判決に理由を附せさる違法あるか、或は衡平の原則に反し法律の解釈を誤つた違法あるもので破棄を免れない。

原判決は、右上告人が原審昭和弐拾八年二月九日の口頭弁論期日に於いて、家賃相当損害金の支払義務なきことを主張せるに拘らず、単に本件家屋に対する被上告人の解除が適法であること並に上告人小栗に於いて本件家屋につき明渡の義務あることを認定した丈で、直ちに明渡義務不履行による損害金の支払を命じてゐる。

然し乍ら右上告人が家賃相当損害金の支払義務なき旨の主張を特に右口頭弁論期日に於いて為した趣旨は(本来請求棄却を求めてゐるのに特に最終弁論期日に此を明言したのは)被上告人の此の点についての主張は(仮りに明渡義務が上告人に在りとせられても)、理由なきものという仮定的なものであることは明な処である。従つて原審の判断のやうに本件解除が適法であり右上告人に明渡義務があつたと認定しても、本件のやうに転借人、転々借人が居住してゐる家屋に於いて、それらの者が明渡をしない事によつて生ずる損害金を何故上告人に於いて負担せねばならないかという点につき判断をしないのは明に争ある点につき理由を附せすして判決した違法があるものと確信する。

のみならず、本件のやうな場合に上告人に家賃相当損害金の支払を命じた原判決は、法律の解釈を誤り正義衡平の原則に反するものといはねばならない。蓋し民法第四百十五条は、債権者が損害賠償の請求をする事が出来るのは債務者が履行を為すこと可能なるに拘らずその履行をなさないか或は債務者の行為により履行不能となつた場合に限ると規定してゐる。右上告人につき明渡義務が発生したのは契約の解除が効力を生じた昭和二十三年四月九日であることは原判決の確定した処であり、その時には既に転借人、転々借人たる相上告人等が本件家屋を占拠した処であり、右上告人に於いては、既に自己のみの行為によつては明渡義務の履行不能の状態にあつて、而もその状態の原因は同人の全然予想しない転々貸借に基くものである。従つて上告人は本件家屋の明渡義務不履行につき民法第四百十五条による損害賠償の責あるものとはいへない。而も右解除が効力を生じた後に於いて、相上告人等は上告人の屡〓次の交渉にも拘らずその明渡をなさないものであつて、此に対し相上告人等の明渡完了に至る迄の賃料相当損害金の支払を命じた原判決は正義と衡平の観念に反するといはねばならない。蓋し上告人は本件転貸により転貸料を取得してゐないことは既に原審に於いて証拠により明な処であるのに、相上告人等の明渡完了に至る迄の期間につき損害金の支払を命ぜられたことは、他人の行為のみによりその賠償額が決るという結果となるからである。のみならず民法第四百十六条は債務の不履行による損害の賠償は通常生すべき損害の賠償を原則とし、特別事情によるものは当事者が予見し又は予見し得べかりしときに限るとせられてゐる。本件明渡義務不履行の原因には転々借人が居ることが与つて力がある。此の事実は上告人が転貸した時に予見し又は予見し得べかりしものであつたという事実については何等の証拠もないのである。原審が上告人に対し明渡完了迄の損害金の支払を命ずるには(仮りに前段の主張が失当であつたとしても)、尚相上告人が転々借をするであらう事につき当事者に於いて予見し又は予見し得べかりし事を認定せねばならない。蓋し転々貸借というものは通常の家屋の賃貸借に於いては異例の事に属するからである。

以上何れの点よりするも原判決は違法であつて破棄を免れない。

上告人小栗武之丞上告理由第二点

原判決は争ある事実に対し判断をしないか、或は社会の明確な経済法則に反した違法があつて破棄さるべきものである。

第一点に述へた通り上告人が家賃相当損害金の支払義務がない旨の主張をしたのは、その数額についても争う趣旨であるとせねばならない。原審判決は甲第十九号証、第二十号証が存するに拘らず、銀行の当座口受入副報告書の経済的性質を誤解して、上告人が昭和二十三年九月分迄の賃料支払済であるのを看過し、漫然昭和二十三年四月十日以降同年十月十日まで毎月四百円の割合による金員の支払を命じてゐる。これは明に争ある事実に対し判断をしないか、或は社会の明確な経済法則に反した判決であつて、到底破棄を免れない。蓋し銀行の発行する当座口受入副報告書は小為替証書(郵便局の)或は送金小切手等と異り送金の用に供するものでなく既に銀行の当座口に於いて受領した報告にすぎないからである。

上告人小栗武之丞上告理由第三点

原判決は判決の理由に齟齬あるもので破棄せらるべきものである。

昭和二十七年十二月一日より施行された建設省告示第千四百拾八号は地代家賃統制令の家賃の停止統制額に代るべき額を定めたのであるが、原判決の主文第五項末尾の昭和二十七年十二月一日以降の損害金は前記告示の第一地代の一、1により計算した金額と、第二家賃一、1(1)イAの規定によつて算出した額を計算した上、此を合計して円未満を切捨したものである。而して右告示によると、家賃の額は、純家賃額と「其の建物の敷地について第一の地代の規定により算出した額」との合計である事は明である。処が原判決は右告示による統制地代及び純家賃計算に際し右告示第一の一、3及第二の一、1(1)イCにより昭和二十七年度と昭和二十六年度との固定資産税額の差額の四十八分の七を加算する事をしていない(尚告示第一の一、2及び第二の一1(1)イBは神戸市の固定資産税率が百分の一・六であるから考慮する必要はない)。

従つて原判決主文第五項末尾の金額は此を以つて家賃停止統制額といふ事は出来ない。又原判決に定めた昭和二十六年十月一日以降昭和二十七年三月三十一日迄の損害金の額は物価庁昭和二十六年告示第百八十号により算出したものであるが此亦同告示第一の一(イ)及び第二の一A1(1)イにより計算した額を加えた丈であつて、同告示第一の一(ロ)の(1)(2)及び第二の一A1〈1〉ロの(1)(2)の規定により、固定資産税額と賃貸価格の七・二倍の額と価格の千分の八との合計額との差額の六分の一を加算し或は控除することをしていない。従つて右期間内についての原判決主文第五項の金額は此を以つて家賃停止統制額とはいえない。

以上の次第であるから原判決はその理由に於いて「家賃停止統制額を算出する時は主文第五項表示の金額となること」が「算数上明白である」というが決して「算数上明白」でないのであつて「算数上明白たらざること」が法規上明なものを「算数上明白」としたのは、明に理由に齟齬あるものといはねばならないから到底破棄を免れない。

以上

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